論理的思考
まいど
トレーナーの山崎です。
国家の品格を読んで感じたことを少しばかり。
この本の冒頭から論理的思考で物事を全て片付けようとすることは不可能であると繰り返し論じられています。
論理的思考とは、物事を説明するときに”AだからB”といったような論法で論じることを言い、
論理的に説明ができることは所謂頭がいいと言われるような話し方であったり、筋の通った説明ができるといったような感じでしょうか。
フィットネスやトレーニング業界にもこのような論理的思考がはびこっています。
例えば糖質制限ダイエットは是か否か。
よくあるのは、このような研究をした結果、糖質制限ダイエットは有効だった。
一方では日本人には糖質制限ダイエットはあまりよくないなどなど、
実験した事実に基づいて論じているので、理論としては間違ってはいません。
どちらも事実なので正しいと言えるでしょう。
しかし、人々は白黒をつけたがります。
いいか悪いか。この判断は物事を複雑化させます。
なぜ白黒をつけてはいけないのでしょうか。
論理的思考は必要だとは思いますが、あくまでもその場その場の最適な解を導く物であって、一般論や常識というくくりで論理的思考を語ってはいけないと思います。
また、文化や立場、目指すゴールが違えば論理的思考は無数の解を持ちます。
そういったものを判断する際に何が必要なのか。
ここに人が歴史から学ぶ理由があるのではないでしょうか。
謳い文句として”人は歴史から学ばなければならない”ということを知っていますが、
今までその真意はクエスチョンマークでした。
しかし、論理だけでは解決できないことがあるということを知り、では自分がその解決策をどのように導き出してきたかというと、自分の経験だったり過去の結果から引用してきたものを最適解としてきたように感じます。
これらは人が行ってきた結果(歴史)を知る理由ではないでしょうか。
身体に関しては”ヒト”になる前からの歴史も重要になってきます。
そういった意味で歴史を読み解く力は必要だと感じました。
PS
裁判などは白黒つけないといけませんが、
判例があるとそれを参考に判決が下るよなとかいう点も、
論理的思考だけでは限界があることとに気づきました。